与謝野晶子は温泉めぐりをしていたので、現代でいう温泉マニア。 歌にして温泉をレポっていたわけです。 昭和9年5月に塩原を訪れた時の歌がとりあげられることが多いようですが、代表的作品のうちのひとつである「春泥集」(明治44年発行)に、塩原を訪れた時の歌にこういうのがあります。
「岩の湯は陶器のごと対岸に唯ひとつあり風な吹きそね」 岩の湯もしっかりチェックしていますねぇ。
「十丈の杉の木立のなかにある枕流閣の夜の水おと」 枕流閣とは「枕流閣 丸屋」のこと。 法師温泉など与謝野晶子が訪れた旅館には当時の写真など記録が残されて展示されていますが、丸屋さんは戊辰戦争で焼かれ、福渡の大火もあり、資料も記録も失ってしまったとのことです。
画像は昔の「子持ちの湯」(別名裸の湯)の痕跡と思われる岩と窪み。岩のあちこちに丸いのやら四角いのやら人工的穴があるのでポンプアップできなかった江戸時代は、ここに湯笠を設けて浴場にしていたと思われます。 昔はここで「沈流」していたのでしょう。 「子持ちの湯」は名前だけ現在の地区風呂に残っています(日大の施設のところ)。
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